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被災ママ。子連れボランティア、はじめました。

乳幼児を抱えて被災。水害発生から子育てしやすい街づくりを目指して、ママとこどものためなら何でもやる気持ちで、いろんな挑戦をしています。

都知事選が終わり、お盆を前に、伝えたいこと。

伝え残したいこと 東日本大震災 災害

*普段、ドキュメントファイルはフォルダ内に保存するのですが、いつでも見えるように、デスクトップに保存しているファイルがいくつかあります。この内容は、今、公開する時期を迎えた気がします。[ファイル作成: 2011/04/02]


尾木ママによる特別授業『今 子どもたちに伝えたい事』

2011年4月1日 (金) 21:00~22:53、TBSの番組『中居正広のキンスマスペシャル』で『今 子どもたちに伝えたい事』と題して放送された、"尾木ママ"こと、教育評論家・尾木直樹氏が行った特別授業の内容を記します。

テレビ番組の文字起こしを個人のブログに掲載してよいものかはわかりませんが、とても心を打たれ、昨年生まれた娘が、いつか誰か近しい人を失ったときに読んでもらいたいので、掲載します。

特別授業の場所 名古屋女子大学中学校
対象 今春2年生になる86名の生徒
特別授業のテーマ 人間・生きる・命 ~つながる~



2011年3月11日

"東日本大震災"として知られている大きな大きな地震が発生しました (気象庁による正式名称は"東北地方太平洋沖地震")。そして、その地震により巨大津波が発生、東北地方・関東地方沿岸を襲い、たくさんの人が亡くなりました。

大震災が起こり思ったことについて、特別授業の前に尾木ママが行ったアンケートにて、「まだやり残した事などがたくさんあったろうなぁと思います。そして、そう思っているにもかかわらず募金ぐらいしかできない自分がすごくみじめに感じます。」など、何もできない自分を責めるような回答をした生徒が何人もいたそうです。

"自分を責める必要はない。亡くなった人たちのためにも、どう生きるか。"が大事と尾木ママは言い、現役時代の体験を話し始めました。

尾木ママ現役時代、ある中学校での出来事

------ここからは、尾木ママのことばを、そのまま掲載します------

4月始まって間もない頃、担任が出張だっていうので、僕(副担任)が代わりに出席取りに行ったの。そしたら、学級委員の男の子と女の子が前に出て司会をして学級会をやってました。その(男の)子の表情をみたらですね、すごく顔色が青いんですよ。「大丈夫?」って聞いたのね。そしたら、「大丈夫ですよ、風邪ひいただけだから。」って彼が言ったの。それで、「家で寝てても面白くないから今日は出てきました。」って言うわけ。それにしても青い顔をしているので僕は心配でね、「無理したら駄目だよ。」っていう風に言ったのね。そしたら、彼は、背の高い大きな子なの。僕、教壇の上に立ってるんですけど、僕のこと見降ろして、「先生ありがとうございます。」って言ったの。すごく優しい。それが土曜日のことでしたね。

日曜日、学校に行ったら、女の先生が、音楽の先生なんですけれども、泣いてるんですよ、職員室で。「先生、どうしたんですか?」って言ったら、先ほどの彼がですね、「亡くなったんです」って言うわけ。「亡くなった」って。

そんなこと言ったって、彼はですね、スポーツは万能で、勉強もですね、ほとんどオール5に近い子でした。で、決して威張ったりしないんですよ。だから男性からも女子からもすごく人気があって、信望の厚い子。その子が亡くなったって言うわけですよ。それで僕はびっくりして、「嘘!?」って言ったんですけれども、本当だっていうことがわかってきて、それで事情を聞いてみたらですね、風邪の菌が心臓に入っちゃったんだって。これはお医者さんに言わせれば、「運が悪かったとしか言えないですね」って言うの。そんな形で、命が、彼は無くなりました。

だから本当に私たち教師も辛かったんですけども、そのクラスの生徒さんや皆は大変な衝撃を受けたわけね。

告別式と言いますけども、お別れの会の時にですね、誰かにお別れの言葉を言ってもらわなきゃならない。じゃあ、友達のあの子に"お別れの言葉"読んでもらおうと。

で、どういうなことが書かれているか、しっかり受け止めて欲しいなと。


親友が亡き友に宛てた弔辞 (原文のまま-安住アナ代読)

おとといの朝、少し寝坊して朝練に遅刻しそうになったから、おまえの家に電話できなくて、親に「朝練に行くって伝えといて」と言って家を出た。朝練を終えて教室で話をしていた。すると、いつものとおり、先生が教室に入ってきた。そして、「今日、残念なことがありました。」と言った。先生は、この言葉をよく使うので、あまり気にしなかった。そして、おまえの名前が出てきて、昨日死んだと言っている。俺は心臓が一瞬止まった。耳を疑った。気がついたときには汗をたくさんかいていた。それからその後は頭の中が真っ白であまり記憶がない。そして部活を早めに終え、家に帰った。家では母が泣いていた。やっぱり本当だと思った。

それから、おまえの家に行って、おまえの顔を見た。死んでるなんて思えなかった。

家に帰っても頭の中が真っ白で何が何だかわからなかった。

次の朝、起きると、目から涙が溢れ出た。それから、おまえのことが頭の中へ浮かんできた。涙も次から次へ出てきて、止まらなかった。

おまえと知り合ったのは、小学校1年1組で同じクラスになったときからだ。俺は遠くの保育園から来たので友達がいなかった。おまけに体は大きいくせにいじめられて、泣き虫で、運動神経は最低中の最低で、頭もあまり良くなかった。

おまえは人気があって、走るのは速いし、塾にも行っていないのに一番頭が良くて、面白くて、明るくて、そして誰よりも優しかった。

俺は、そんなおまえに憧れていたし、大好きだった。

小学校2年のとき、友達もいなかった俺の誕生日にチョロQをプレゼントに持ってきてくれた。そのときの600円というのは、俺たちにとって大変な金額だった。とても嬉しかった。

3年生のとき、一緒にサッカークラブに入った。やはり、おまえは上手で、俺は下手だった。

4年生のとき、イトマンに入った。やっぱりそこでも、おまえは大会に出れるようになったけど、俺は幼稚園児たちと一緒に練習してた。

5、6年になって、俺は野球クラブに入ったが、やはり下手で、みんなで野球をやるときは、最後にじゃんけんで、いるとかいらないとか言われてた。

だけど、おまえにけなされた覚えはない。
こんなに差があるのに友達でいてくれたおまえを、俺は大好きだった。

おまえは私立の中学校の受験に受からなくて、また一緒の学校に行けることになった。

中学校に入学してからも、ほとんど一緒に登校したし、部活のない日は一緒に帰った。

昨日の通夜には行かなかった。
家でタオルをくわえて、この文を書いていた。

おまえは俺にとって命よりも大切な友達だ。

朝、遅刻すると、内申書によくないと言って、一緒に走った。
おまえはよく遅れてきた。今でも後ろを振り向くと、後ろから走ってくる気がする。
玄関で待ってると「○○ちゃん!」と呼んでるおまえの声が聞こえてきそうな気がする。

今、おまえをこうして見ていると「冗談だ」と言って、起きてきそうな気がする。起きてきて欲しい。

数え切れないほどの人たちが、こんなにも悲しんでいる。
おまえは自慢しなかった。
俺がテストで良い点を取ったときは褒めてくれた。
俺が悪口を言われているときは庇ってくれた。
お前は自慢しなかったけど、これだけたくさんの友達を持って、これは自慢したほうがいい。

よく"喧嘩するほど仲が良い"って言うけど、あれは違う。
おまえと俺は喧嘩したことないからだ。

時々遊びに来いよ。夢でも幽霊でもいいから。盆と正月は必ず来いよ。
俺が死ななきゃならないときは、三途の川まで絶対迎えに来いよ。

今度話すとき、おまえは天国、俺はプロ野球の話をしよう。

最後にもう一度言うけど、
おまえは俺にとって、命より大切な友達だ。
いつまでも友達でいよう。

(尾木ママ)
亡くなった子との関係をみると、お勉強とか運動の力っていうのは、ものすごく差があるのに、すごい仲が良いわけ。そこで言っているとおりですよね。一度もけなされた覚えないし、自分がいじめられている時いつも庇ってくれたと。だから担任の先生が言ってましたけれども、この文章"お別れの言葉"を見て、「この子が優しいのが、理由がここにあったのか」って、担任の先生はすごい納得していました。

それから、実はですね、一番最後に書いてるの。
「最後にもう一度言うけど、おまえは俺にとって、命より大切な友達だ。いつまでも友達でいよう。」
こうやってして書いてるでしょ。

このことがあってから、授業中にハッと気がついたら、"お別れの言葉"書いてくれた子がですね、僕の国語の授業を受けているその姿勢が、今までと全く違うんですよ。もう真剣で食らいつくような眼差しで僕を見つめているじゃないですか。「ちょっと~」って呼んだんです、授業終わってから。「ひょっとして、君ね、なんかね、むちゃくちゃ授業集中して頑張ってるみたいだけども、まさか亡くなった彼の分まで勉強しようっていう風に思ってるんじゃないでしょうね。」って。僕はふって言ったわけ。そしたら彼は何て言ったと思います?

「先生、そうですよ。早稲田の付属に行きたかった彼の分まで、残った俺が勉強してやるよ。」と。
「そんな無茶したら駄目だよ。」って言ったら、彼、ニコッっと笑って、「ありがとうございます」って、頭を下げました。

そのことに私たち、校長以下皆ね、本当に感動しました。
「生徒ってすごいな」「友達の力ってすごいな」
気持ちがまとまる、"つながって生きる"っていうことは、住んでる世界が違ってもあるんだっていうこと。
だって生きてないんだもん。でも一緒に生きることが出来る。あり得ないことですけど。

やっぱり人間って、物質的なことも勿論大事ですけれども、心の豊かさっていうのかな。
生きる角度だとか、心の豊かさ、誰かとつながっているという想い、これがあったら、もの凄い百万馬力って言うのかしら。

で、そういう不幸なことがなくてもですね、僕たち中学生っていうのは皆同じなんだと思うんですね。
今、震災でこんなにも人がたくさん亡くなっている。こういう時に是非皆さんは、亡くなった子たちと命をつないで生きていって欲しいなということが、僕の今日の授業の訴えたいことです。

どうでしょうか?

皆さん、是非これまた1人になって、お家でゆっくり振り返って読んでみて欲しいなって思います。

以上で今日の僕の道徳の「人間・生きる・命」の授業を終わらせていただきます。

------ここまでは、尾木ママのことばを、そのまま掲載しています------


もうすぐお盆ですね。弔辞を書いた彼のところに、亡くなった親友は会いに来てくれるかな?

今までは単なるお休みとして捉えていた人も、お盆が何のためのお休みか、今年はきちんと考えてみませんか?


これからの子供たちにとって、日本が、世界が、愛とやさしさで溢れるものでありますように。


*これ以降は、子供たちに向けて書いたものです。読みたい方だけどうぞ。

------ここからは、ママのこと------

このテレビ番組を見て、ママは思い出したことがあります。ママが16歳のとき、アメリカという遠い遠い国の学校でお勉強していたときのことです。

その年に1年だけ通った学校はとても小さく、小学校1年生~高校3年生までが通い、全員あわせても40人くらいしかいませんでした。体育や音楽の授業はなく、たまに全員一緒にバレーボールやウォーキングをしたりするくらいでした。Patrickという名の男の子がいました。ある日の放課後、ママとPatrickは、Chrisと3人でブランコのところでおしゃべりをしながら、お迎えを待っていました。そして、"See you on Monday!" (また月曜日ね!) と言って別れました。その日は金曜日だったので、次に会うのは次の週の月曜日です。

ママにはジージとバーバの他に、もう一つ、アメリカにも家族がいます。もう一つの家族のママはDanaというの。土曜日、ママが出掛けて帰ってくると、Danaが電話で誰かとお話をしながら泣いていたの。"どうしたんだろう?"と思っていると、電話が終わったDanaに呼ばれました。Danaは泣きながら、"Patrickが亡くなった"と言いました。

このときのことは、あまり覚えてないの。きっと、Danaに何かを言うことはなかったと思うよ。

後からわかったことだけど、Patrickは新しく買ったブーツを履いて、お父さんと釣りに出掛け、ボートが転覆して溺れてしまったそうです。お母さんがブーツは危ないから、靴を履いていくように言ったけど、Patrickは新しいブーツを履いていったんだって。そして、そのブーツが水の中で重みを増し、泳いで岸にたどり着くことができなかったって。

お葬式には生徒みんなで行きました。ママは子供の遺体を見たことがなかったから、怖くて怖くて、お別れの挨拶をするのに心の準備ができるまでに長い時間が掛かりました。そして、Patrickに近づくと、ただ眠っているだけに見えました。最後だからと、Patrickの手を握ったの。そしたら、とってもとっても冷かった。

その後のことや、それからどうやっていつもの生活に戻ったのかは覚えていません。とてもショックが大きく、記憶が曖昧になってしまったのかもね。突然、誰かが亡くなると、自分の心も少し死んでしまうようです。

それでも残された人は生きなければなりません。大事な人を亡くしたら、悲しいのは当たり前。いっぱい泣いていいのよ。人によっては、涙が出ない人もいるかもしれない。ごはんが食べられないかもしれない。うまく眠れなくなったりするかもしれない。そして、"笑っちゃだめ"と思うことがあるかもしれない。

泣きたいなら、たくさん泣きなさい。
でも、笑いたいときは笑いなさい。
その人との楽しかった出来事を思い出して、思いっきり笑いなさい。

悲しんでばかりいて、誰かが、「泣いてばかりいないの!」なんて言ったとしても、悲しみに正直にいてくださいね。
笑ってばかりいて、誰かが、「こんなときに笑わないの!」なんて言ったとしても、笑うことに正直にいてくださいね。
あなたたちはそれぞれ、自分の心で、止まる必要があるのか、進めるようになったのか、わかる子たちだから。

そして、ママが死んだときもそうしてちょうだい。
悲しいなら泣きなさい。でも、たくさん涙したら、あとは元気に笑ってね。
思い出すと笑っちゃうような出来事を、たくさん残しておくから。
面白い思い出がいっぱいになるように、ママはいっぱい生きるよ!
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これを書きながら、ママは聴いている曲が三つあります。
一つは、夏川りみさんがカバーしている『花』という曲です。原曲は喜納昌吉さんの『花~すべての人の心に花を』です。今はまだ、あなたたちにこの曲の背景を説明するのは早すぎるから、しません。大きくなって、このママからのメッセージを読むときがきたら、調べてみてください。ママが生きてるうちなら、聞かせてあげます。それまでは意味なんてわからなくても、心で感じてちょうだいね♡


『花』すべての人の心に花を ✿ 夏川りみ ✿ (guitar)吉川忠英


二つ目は、『海の声』。「ママと海」のお話を今度してあげるね。


「海の声」 フルver. / 浦島太郎(桐谷健太) 【公式】


もう一つは、『One Day』。Def Techの曲でJake Shimabukuroウクレレを演奏しているの。大きくなったら「あなたたちの名前の由来」を話してあげよう。


Def Tech - One Day with Jake Shimabukuro


↓『上を向いて歩こう』もママが大好きな歌の一つです。これは東日本大震災にも関係する動画だから、ここに載せておきます。坂本九さんのオリジナル曲はいくらでも聴く機会があると思うの。でも、これは出会う人と出会わない人がいるからね。この動画ではBob Marleyの『ONE LOVE』がミックスされているんだけど、Bob Marleyもママが大好きな歌手よ。


ONE LOVE / 上を向いて歩こう [SING OUT from JAPAN] 3.11, 2011